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大理想に向かって生きてゆくならば
人はこころに
強く持続した願望を抱かねばならない
強く持続した願望とは
公共性に根ざしたものでなければならない
これを名付けて、人としての良心、その言行一致、
つまり、誠とする
企業もまた
大理想に向かって成長してゆくならば
強く持続した願望を抱かねばならない
企業の
強く持続した願望もまた
公共性に根ざしたものでなければならない
これを名付けて、理念とする
故に
大理想への
強く持続した願望とは
人ならば、誠
企業ならば、理念
これを世に顕現させてゆくことこそが
人生、そして経営の使命にほかならない
これを名付けて、至誠とする
私たちは、争いに勝つために存在するのではない。
争いを鎮め、『現在、そして未来の仲間たちと縁ある方々』の『未来の幸福のために』存在する。
私たちはたとえどのような事象に対しても、相手には『利己の悪念』ではなく『利他の善念』を送る。
これは決して綺麗事な戯言ではない。非常に現実的な『智慧と慈悲』である。
『利己の悪念』を相手に向けると、『悪念』は跳ね返ってくる。それが争いだ。
歴史を見ていても争いによる『悪念』は、その争いに加担していない者にまで跳ね返っている。
争っている場合ではないのだ。争いを、自分事として鎮めるのだ。
争いを鎮めるには、『利他の善念』を相手に送るのみ。それが『智慧と慈悲』なのだ。
『智慧』とは、どのような相手に対しても相手に備わる生まれ持った良心を見失うことのない心。
『智慧』は、人を見抜くためにあるのではない。相手に備わる生まれ持った良心を見失うことのないようにするためにある。
『慈』とは、相手に幸せを与えようとする心。
『悲』とは、相手の苦しみを取り除こうとする心。
この『智慧と慈悲』をもって、『利他の善念』が争いを鎮める。
間違いは間違いとして裁く。人格を否定するのではなく、行為を正す。それが『智慧と慈悲』の姿だ。
たとえば会社でも、社員がコンプライアンス違反をしているのに、「かわいそうだから」「今回は見逃そう」と放置することは、本人のためにも、周囲のためにもならない。
「大目に見る」のではなく、また、「この人は悪人だ」でもなく、「この人も自分の心癖に苦しめられているはずだ」と、人は憎まず行為を裁く。そして、その人の幸福を願う。『利他の善念』を送るのだ。
ところで、『利他の善念』ほど儚いものはない。時には一見、短期的には、全く報われないこともある。
結局、自分は愚かなお人好しなだけではないか、と迷いが生じることもある。相手がますます調子に乗ってしまい、ただただ虚しくなることもある。
とは言え、それは仕方のないことだ。私たちには、利他100%でいることは出来ない。雑念や妄想に苛まれて、苦々しい思いに引きずられるようなことは、あって当たり前だ。
しかし、未来を想うなら、『利己の悪念』ではなく『利他の善念』を相手に送るべきだ。争いは、未来を荒ませる。
だから私たちは、たとえどのような事象に対しても、相手には『利己の悪念』ではなく、『利他の善念』を送る。
未来なくして今はない。私たちは今この瞬間、『仲間と縁ある方々』の『未来の幸福のために』存在するのだ。