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民度や知性が不十分なとき、拡大解釈が発動する。
民度の不十分さとは、倫理観の欠如のことだ。
知性の不十分さとは、想像力の欠如のことだ。
これくらい大丈夫だろう、これくらいいいだろう、拡大解釈とはそういう、倫理観の欠如であり、想像力の欠如によって発動するのである。
倫理観の欠如は、事業の意義や目的を見失わせる。
たとえばコスト削減という事業目標に対して、大量購入することで原材料を安価で仕入れることで対策し、結果、賞味期限切れの原材料を使って製造していたことがバレ、退場を命じられた企業には、誰がなんと言おうが倫理観が欠如していたのである。
この対策を思いついたひとりの人間がダメ人間であったとしても、100引く1はゼロなのだから、その企業自体に倫理観がなかったと見做されるのである。小説なら、迷惑をこうむったまともな社員たちの強い念によって、その倫理観の欠如したひとりのダメ人間の7代先の子孫まで、恨みさいなみ祟られるであろう。おそらくはその念によって、そのダメ人間の血脈は7代までも続かないだろうが。
想像力の欠如は、倫理観が欠如した行いをしてしまうことによって起こりうる未来を、見通せなくさせる。
たとえば私たちが元請けとして受注した工事に対して、安全管理の責任者たる工事立ち会い者が、高所作業や脚立作業、石綿対策作業や防毒マスク着用作業などがあるにも関わらず、仕事の電話やトイレや個人的な用事などで現場から長時間離れてしまうと、その間に死亡事故が起きてしまうかもしれないという想像力の欠如。
工事における死亡事故は、工事立ち会い者が不在でも99.997%起きないが、その確率に頼って工事立ち会い者が工事立ち会いをしていると、つまり死亡事故が起きるか起きないかを運任せにしていると、死亡事故を呼び込むことに繋がる。その場合、工事立ち会い者の存在意義は皆無である。それをヨシとした彼は、給料泥棒である。過失致死罪と業務上横領で牢屋行きである。
民度や知性が不十分なとき、拡大解釈が発動する。
これくらい大丈夫だろう、これくらいいいだろう、拡大解釈とはそういう、倫理観の欠如であり、想像力の欠如によって発動するのである。
私たちは末代まで祟られたくないし、過失致死罪や業務上横領で牢屋にも行きたくない。
やるべきこととは、お客様に、「安全管理も出来栄え管理も申し分ないね。きみに頼んで良かった。また、頼むね」と、お言葉いただくのみなのである。